言の葉

『菊の御紋』と 日本・【十六八重表】の由縁

投稿日:2019-07-06 更新日:

みなさま ご機嫌よう。

「令和」の御世になり
幾分、時を経てまいりましたが
如何 お過ごしでしょうか

新天皇陛下は
2019年5月1日
御即位の証に 三種の神器の
『剣と勾玉』を引き継がれました

即位礼正殿の儀は 10月22日
大嘗祭は 11月14日・15日

いろいろな 皇室行事に伴って
国民の目に触れるのことの増えた
【菊の御紋】

それは
16枚の菊の花弁が
表を向いて重なって描かれた
【十六八重表 じゅうろくやえおもて

親王(嫡出の皇子・最高位の皇族男子)
が使用する
天皇および皇室を表わす紋章です

本日は その
【菊の御紋】について

歴史を辿りつつ語ります
宜しければ どうぞ

ごゆるりと お付き合い下さいませ

 

菊の御紋

 奈良時代

 

日本における 菊の花の起源ですが
なぜか 微妙なのです。

奈良時代から 平安初期に
中国大陸より伝わったとされる
それはどれも、大輪の菊のこと。

中国で 菊の花といえば
四君子
(=中国語で、徳・学識・礼儀を備えた人を指す)
梅・竹・蘭と共に、菊も 四君子の一つです

薬効があり 神聖で
長寿と災い除けの意味をもつ 大輪の花
ゆえに
菊の花は元来、日本には自生していなかった

っと… 言う声もあるのですが

一方で
古より 日本にも 野菊は自生していたと
譲らぬ声も根強いもので

楚々とした姿ゆえに
その存在は、目に立たなかっただけと。

ただし
奈良末期の最古の和歌集
万葉集】に菊は 詠まれておらず

やはり無かったのでは?
という お話しも。。

それでも
それがまた 日本の野菊らしい
と、仰る専門職の園芸家さんもいらして

謎のまま。
あなたは どうお感じになりますか。

 

 平安時代


紫式部

平安時代に綴られた

古今和歌集
=平安前期の勅撰和歌集
(天皇や上皇の命により編集された歌集)や、

源氏物語
=平安中期に成立した日本の長編物語

この中に詠まれた 詩歌を紐とけば
この時世には
菊の花が人々の心を捉えたのは
明確なことのよう

人々は、陰暦9月を菊月と呼び
九月九日を重陽の節句(菊の節句)とし
邪気を祓い、延命を寿(ことほ)ぐ

菊花酒(菊の花びらを浮かべた酒)による
菊花の宴・菊花の杯

宮中の観菊の宴
貴族に広がる、吉祥紋としての衣裳

それは 雅に
この国風に 溶け込んでゆく様で

 

 鎌倉時代


後鳥羽天皇

ご存知
後鳥羽上皇
(平安末期~鎌倉初期)
第82代天皇
高倉天皇の第四皇子で
尊成(たかひら・たかなり) さま。

ことのほか 菊を好み
自らの御印として 衣服・刀剣・懐紙に、
菊紋を付して ご愛用の品々に召されます

また 鍛冶を好まれ
全国から名工を集め、仕えさせ、刀を作らせ
時に 自らも刀を打ち菊の銘を刻む

とうとう 他の貴族たちは
使用を控えるようになったそう

このように
天皇家の紋章として 公に取り入れられたのは
後鳥羽上皇尊成(たかひら)さまから。

その後

後深草(ごふかくさ)天皇
亀山天皇
後宇多(ごうだ)天皇により継承され

ますます 皇室の紋として認知されると

楠木正成など、
公家や武将も、衣服の文様や 装飾に使用

貴人たちの憧れ
心の豊かな良き 御世なのですね

 

 戦国時代

その風流な菊花が

その気配を変えるのは
この頃から。


足利尊氏


豊臣秀吉

後醍醐天皇より 足利尊氏
そして
後陽成(ごようぜい)天皇から 豊臣秀吉へ。

それぞれに
戦場の褒賞として菊紋を下賜(かし)され
家紋にと賜る

戦国の世よりは 紋章の役目も色を濃くし

天皇の臣下の者らが
自らの力と立場を示すために

 

 江戸時代

【錦の御旗】
それは 天皇の軍の旗。

別名「菊章旗」「日月旗」には
赤地の錦・金色の日像・銀色の月像 もあり

時の流れが作るものの怖さかな
とはいえ
いつの世にも学ぶべきはあり・・


錦の御旗


徳川家康

徳川家康が、菊紋の下賜を断った背景には
幕末の流行歌
「菊は咲く咲く 葵は枯れる」(伏見小唄)があり

以降、江戸幕府が使用を自由とし
菊紋は

武士・武家の家紋、多くの大名
神社仏閣の紋、店舗の商標に
そして、市井(しせい)の人々へ

十菊・十二菊・菱菊・光琳菊・菊水など
多くの菊花の紋が、華を咲かせます

 

 明治時代


西郷隆盛


南洲菊

ご存知、西郷隆盛

維新の功績が認められ
明治天皇より菊紋をいただきます

「抱き菊の葉に菊」とも呼ばれる【南洲菊】
明治天皇 御自らがデザインしたもの

その後、

1869年(明治2年)8月25日
太政官布告(だじょうかんふこく)第802号により
『十六八重表菊』が 公式に皇室の紋とされ

一部の神社
伊勢・八幡・上下賀茂や、
お寺の
泉涌寺(せんにゅうじ)・般舟院(はんじゅういん)
などを除き、一切の使用が御法度に。

1871年(明治4年)6月17日には
皇族以外の菊花紋の使用も禁止

その後は、規制も緩められ

 

 令和元年  (動画あり)

 

令和の御代に お目見えした
御料車
トヨタ・センチュリーロイヤル


天皇旗

ここに新風を受け
たなびく【十六八重表菊】が見られます

 

新天皇陛下・徳仁(なるひと)様
明治以降初めて
独立まで上皇・上皇后さまの御許で
愛情深く成長された 初の
天皇陛下です

新皇后・雅子様
ハーバード時代の恩師より
「群をぬく知性と
信じられないほどの勤勉さ」と
言われる御才女


皇后旗

 

御二人の 御見識の豊かさが
時を継がれる お心が

海を 隔てることなく
四方へ満ちる 和光となりますように

16弁の 花びらの如く・・

 

 

本日も
最後まで御読みいただき
ありがとう存じます

いつも 感謝しております

令和にも
あなたと あなたの大切な人たちが

健やかに 伸びやかに
前を見て
夢を語れる御世となります様に

 

こちらにも
ひと筆 申しております

宜しければ ご覧くださいませ

⇒⇒⇒日本の禁色【黄櫨染(こうろぜん)】と【黄丹(おうに)】の簡単な解説と 動画

 

お疲れでしたら
無理をせずに 一服なさってくださいね

では、本日はこの辺りで
おいとま致します。

 

 

ご機嫌よう。

 

 

 

-言の葉

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